以心伝心

 

 

 

 

 

 

言葉を交わさずとも言わんとすることが伝わる

そんなことが実際にあり得るのだろうか?

それは日本語で言えば「以心伝心」、英語では「テレパシー」と言われる一般に広く知られる言葉だ。

 

数年前の出来事であるが、私の父方の母が突然入院した。

明治時代に産まれ、大正、昭和、平成となんと4つの時代を生きたおばあちゃんだ。

その時は、ほんの数週間で退院したが、その後も入院、退院を繰り返す日々が続いた。

 

 

人間誰でも、時がくれば死ぬ。

そしてその最期がもし分かるのならば、最期に自分の人生でやり残した事を出来る限りやりとげたいものだ。

そう、悔いが残らないように。

 

そんな中、おばあちゃんはおばあちゃんの息子である私の父にこう言った。

 

ドラマのワンシーンによくあるんじゃ無かろうか?

おばあちゃんの事実上最期の願い、一般的には「遺言」と呼ばれるものだ。

 

おばあちゃんの最期の願い、実行可能、不可能はあるにせよ、願いを聞くだけなら誰にでも出来る。

 

出来るだけ叶えてやりたい。しかしそうすることが出来ないかもしれない。

 

そんな心境の中、おばあちゃんが静かに口を開いた。

 

 

 

 

「○雄や、俺がなにしたときは、あれして、これしてけろよ!」

 

 

 

方言のため、理解不能の方のために説明しよう。

 

 

「○雄」

父の名前であり、号泣無惨読者の皆さんは自分の名前を当てはめてください。

 

 

「俺が何したときは」

もしそうなったら、という意味で間接的ではあるが、自分が死に直面している事実を表現している。

 

 

「あれして」

「あれをして」、の意味であり、事前にあれについて、定義はない。

 

「これしてけろよ!」

「これをやってくれ」というお願いを意味するが、上記の「あれ」と同じく「これ」についても、事前に定義はない。

 

 

つまり

 

「○雄!私がもしそうなったら(死んだら)あれをした後にこれをやってくれれば満足だ!(やり残した事は何もない)」

 

という意味なのだが、

おばあちゃんの最期の願い・・・・

 

 

 

 

私には叶えられるのか、叶えられないのか、それすら分かりません!!!

 

 

 

 

 

ってか、何をすればいいの?

 

 

 

あれって何?

 

そして、

 

これってもっと何?

 

しかし、おばあちゃんの最期の願いを聞いた父の答えは

 

「あ〜分かった!」

 

 

 

 

 

 

分かったの???本当に分かったの??

あれって何?そしてこれってどうすればいいの?

 

 

 

 

 

病室を出た後、私はこっそり父に聞いてみた。

 

 

「さっきの、{あれして、これしてけろよ。}ってどういう意味だったの?」

と、私が訪ねると、父は当たり前のように答えた。

 

 

「あ〜、{俺が死んだら、葬式挙げてお墓に埋めてくれよ。}って意味だろ!?」

 

 

あれ → 葬式をあげる

これ → お墓に埋める

 

 

 

号泣無惨読者の皆様。

私はこの世にテレパシーは存在しないと考えている。

しかし、上記の代名詞がおばあちゃんの本当に伝えたかった真意だとしたら

これがテレパシーと言わずに何をテレパシーと言えばよいのか?

 

おばあちゃんの最期の願いが叶えられたかどうかは、未だ永遠の謎に包まれたままである。

しかし、私は思う。

2人が以心伝心することが本当に出来るなら話は別だが、

私の親父は至って普通のどこにでもいる一人の男であり、テレパシーのような特殊な能力はない。(と思うが・・・)

少なくとも、私が親父に「今何してんの?」と聞いて、「テレパシーで交信中だ。」と親父が答えた事はない。念のため。

 

 

よって、上で書いた「あれ」、「これ」はあくまで推測であり、あの会話を聞く限りその真意を知ることは出来ない。

 

つまり、私が最終的に言いたいことはだ・・・・

 

 

 

確認しようよ!!!

 

 

 

「あれ」って「葬式」でいいの?

「これ」って「お墓に埋める」でいいの?

ってか、現在の日本の文化に則って葬儀を行った場合っていうか、普通葬式して、お墓に埋めるのは当たり前だろう?

どう考えても!!

 

皆さんも、もし最期の願いを聞く事になってしまったら、今一度確認してみましょう。

「それは、こういう事でよいのか?」と!!

 

 

 

 

 

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